スルタン・クリ・クトゥブル・ムルクとは
????????????????スルターン・クリー・クトゥブル・ムルク(1444年-1543年)は、クトゥブ・シャーヒー王国の
創始者(在位1518年-1543年)。彼は、当初、バフマニー朝のムハンマド・シャー3世の時代である1463年にテランガナ地方に総督として派遣された。次のムハンマド・シャー4世からも幾つかの称号を授けられ、バフマニー朝の宰相となったが、バフマニー朝は激しい党争で衰退が著しくかっての力を失っていた。1518年、彼はゴルコンダに独立を宣言してクトゥブ・シャーヒー王国をうちたてた。首都ゴルコンダの拡張にはそれほど力を注がなかったがカーカティヤ朝時代の古ぼけた泥の砦を基礎に、それを巨大なゴルコンダ要塞へと強化した。さらに彼は、ゴルコンダ要塞をモスクや宮殿や庭園などで美しく飾った。この要塞都市はムハマンダナガールと呼ばれ、急速に成長するとともに、ダイヤモンドや宝石の交易で有名となり、瞬く間に第一級都市のひとつとしての名声を得た。スルターンの家臣は、彼を非常に高貴に感じており、彼もまた慈悲深く領地を統治した。彼は99歳の時、息子のジャムシェード・クリー・クトゥブ・シャーにより殺害された。