| | 漣健児 |
| 9月 |
早稲田大学第一商学部在学中の、父・草野貞二が経営する新興音楽出版社(1983年に新興楽譜出版社と合併、シンコー・ミュージック、さらに2004年にシンコーミュージック・エンタテイメントに社名変更)から雑誌『ミュージック・ライフ』を創刊(貞二が1937に年創刊、『歌の花籠』に改題するも1943年休刊した同名の雑誌の復活)、初代編集長を務めた。
|
| 4月 |
新興楽譜出版社専務取締役に就任
|
|
「新田宣夫」名義で「赤鼻のトナカイ」などの訳詞を手がけていたが、漣健児名義で初めて訳詞を手がけたのは、坂本九「ステキなタイミング」1960年
|
|
音楽出版業務を開始
|
| 9月 |
新興楽譜出版社と合併、シンコー・ミュージック、さらに2004年にシンコーミュージック・エンタテイメントに社名変更)から雑誌『ミュージック・ライフ』を創刊(貞二が1937に年創刊、『歌の花籠』に改題するも1943年休刊した同名の雑誌の復活)、初代編集長を務めた
|